すみれもん-ママができること

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海外旅行だけでネイティブ並みに英語の発音がよくなった環境

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私は英語を話す機会があると、『留学してたの?』と聞かれる事が多いです。『留学』こそした事はありませんが、私が育った環境は英会話教育という意味では割と恵まれていたと思います。

英語がペラペラだった私の母

ペラペラって言い方が古臭っ!て感じですが、当時まわりによくそう言われました。

『お母さん英語ペラペラだね』って。

 

大人になってから独学(映画と本)で学んだと言っていました。

その割には発音も綺麗な方だと思います。

 

私が小学低学年頃まで、日本に来ている外国大使の国内案内やパーティの補佐をするような仕事を母はしていました。

その仕事が何という職業にあたるのか分からないのですが、在留大使向けコーディネーターみたいな感じでしょうか。

母が担当する方々が、欧米圏の方が多かったのもあって、英語以外にも、フランス語少し、スペイン語勉強中という感じでした。

母に教えてもらったABCと簡単な挨拶

まず母は私にABCの発音を口を大きく開けて正しい発音を丁寧に教えてくれました。

パーティなどの子供も連れて行って良い場面で、私が誰かに話しかけられた時に簡単なご挨拶ができるように

『What's your name?』

『How old are you?』

『How are you?』

このあたりの受け答えを教わりました。

実際に何回か使える場面に遭遇し、教わった事が生かせて嬉しかった記憶があります。

背の高いブロンドのお兄さんが家に泊まりに来た

3歳の頃、名前がミッキーさんという物凄く背の高いブロンドのお兄さんが私の家にしばらく泊まっていました。

どういう経緯か詳しく知りませんが、大学生のホームスティ先のホストをしたんだと思います。

私の父も背が高く183cmあるのですが、それよりも全然背が高くて190cm以上はあったかと思います。

肩車をしてもらった時は、キリンの首に乗っかったような気持ちになりました。

3、4歳 初めての海外旅行

ミッキーさんは父と母に凄く感謝してくれて、アメリカに帰る時に私たち家族を自分の家に招待したいと言い、実際に私たち家族は本当にミッキーさんの家にお邪魔します。

3歳か4歳。私の初めての海外旅行です。

物凄くお坊ちゃまだったミッキーさん

ミッキーさんのお家に行ってびっくり。

というか、正確にはミッキーさんの住んでいる家にはお邪魔していません。

 

この辺一体が全部ぼくの家なんだ^^

 

家族3人、目ん玉ポーンです。

 

私たち家族に、滞在期間中に泊まる場所を一部屋、ではなく、使ってない家丸ごと貸してくれ、更には黒人のメイドさんまでつけてくれました。

その家自体も凄く大きくて、ベッドルームだけで7部屋、すべての部屋にちゃんと家具もそろってて、父と母は狭い我が家に泊まらせてて申し訳なくなったそうです。

黒人のメイドさんと過ごした夜

滞在期間中、父と母は夜はミッキーさん達とお出かけするので、私は黒人のメイドさんと一緒に夜を過ごしました。

何を言ってるか半分くらい分かって、半分くらい分からない、とりあえず返事は首を振って答えたり、聞き取れた単語を使って答えてみたり、そんな感じでした。

 

YES NOだけだとこちらのして欲しい事が間違って伝わってしまう事があるんだなと感じた出来事がありました。

お風呂の時に、

『1人で出来なそう?』

というニュアンスだけ分かって、私は1人では不安だったので首を縦にふって

出来ない』の意味で答えたのですが、

『そう1人で出来るのね!すごいわね!』

と言って、行ってしまったんですよね。

私はメイドさんを引き留める言葉を持ち合わせていなかったので、何とか1人で頑張った記憶があります。

 

英語だと『出来ない?』という否定形の質問に『YES』で答えると『出来る』の意味になる事は後から知りましたが、当時は何で行っちゃったんだろう?と不思議でした。

沢山の子供たちと過ごした夜

ミッキーさんの敷地内に建っている家の中には別の家族が住んでいる家もありました。

そこの中のひとつの家族と仲良くなりました。

子供が6~7人いて、私の遊び相手になってくれたからです。

何日間か昼間に一緒に遊び、仲良くなったので、帰国何日か前にはそのお家に私だけお泊まりさせてもらいました。

 

みんなは私に英語を教えてくれて、逆に私はみんなに日本語を教えていました。

りんごの絵を書いて『りんご!』と言うと、みんなが『RINGO!』と口々に言い、

逆に向こうが『Apple!』と言うのを私が『あぷるー』と下手な英語でも口にすると『YES!YES!』と盛り上がってくれるのです。

本当に楽しい夜でした。

小学3年 学校で英会話の授業開始

私立小学校だったのもあり、ネイティブの先生による英会話の授業が小学3年から始まりました。英語ではなく、英会話、という課目でした。

授業開始2年目からは授業中の使用言語が完全に英語化しました。

アルファベット・簡単な単語(食べ物や動物など)・数字・挨拶・カレンダー(週や月)・英語歌など、超基礎的な事を教わる授業でしたが、ネイティブによる充実した授業だったので学校で英会話の基礎をしっかり身に付けられたと思います。

小学2年~5年 毎年1カ月~2カ月アメリカ旅行

母はアメリカが大好きになったのか、私が小学生の頃は私を連れて夏休みや冬休みに毎年アメリカ旅行に行きました。

夏休みは大体1カ月以上アメリカで過ごしていました。

滞在中は親子の会話は日本語ですが、それ以外はずっと母が英語で色んな人達と話しているのを黙って聞いている、という状況。

たまに話をふられる事もあったけど、ちょろっと答えたり、そんな程度です。

10歳 10日間のホームステイ

母はかなりアクティブな人で、色んな人とすぐ仲良くなります。

どういう風に交友関係を広げていくのか私には理解不能なんですが

まぁとにかく、私と同じ年の女の子のいる家族と仲良くなり、その子の家にはしょっちゅう遊びに行くようになりました。

10歳の時には、私は母と離れて、1人でその子の家に10日間泊まらせてもらいました。

この経験は凄く大きくて、私のスピーキング力はかなりあがりました。

それまで、どうしたって母がしゃべれるもんですから、母に頼ろうとしていたんですよね。

でも母がいない状況なので、間違っていても伝えなきゃいけません。

 

出川イングリッシュじゃありませんが、間違っていてもどうにかして伝えようとすると自然とスピーキング力はあがっていきます。

 

『What's mean?』『What's mean 〇〇?』

『どういう意味?』 『〇〇ってどういう意味?』

 

という言葉ですが、母が良く使っていたのを見て、私も使いたかったんですが、これ使えるとほんと超ー無敵です。この言葉の万能感は凄い!

分からない単語が出てきたり意味が良く分からなかったら、これさえ言っとけば分かる言葉で話してくれます。

そして、覚えると使いたくなるんですよね~。

だからどんどん覚える!

 

あと、叱られた時も意味が分からないフリして使った事があります(笑)

 

子供の吸収力はすごくて、たった10日間ですが、私のヒアリングとスピーキングは見違えるほど上達しました。

アメリカの現地校に1日体験入学

母はいよいよアメリカに住みたくなったのか、私はアメリカの現地校に1日だけ編入を前提とした体験入学をした事があります。

 

午前中は私だけ学力テスト。

何でか知らないけれど、そのテスト、階段でさせられました

階段に1人座り、ひざの上にプリントを乗せ、テストしている横を2段飛ばしで駆け上がる生徒がいたり。

テストの進歩状況をたまに確認しに先生が来る以外基本1人で階段でテストしていました。

母曰く、とても良い私立の学校だとの事なのですが、アジア系はおろか、黒人も全然いない学校だったので、もしかして一種の差別待遇だったのかな~と今になると思ったりもします。

 

テストが終わり、編入するクラスも決まり、算数の授業に参加しました。

確か、10万台まである大きな数字の掛け算や割り算をやっていたと思います。

机や椅子は使わず、生徒は黒板の前に半円状になり、地べたに座って授業を受けるスタイル。

先生が黒板に似たような計算式を書いて、あてられた子供が答えていきます。

私は百までの英語は知っていたのですが、それ以上を何というか知らず、

あーどうしよう!と思っていたのですが、先生が他の子からあててくれていったので、自分の番が来るときには、答え方を理解。

現地の子も答えられない子が何人か居て、私が答えられた事により、それまで『こいつ何なの?』って雰囲気だったクラスの子も『おぉ~。やるじゃん』みたいな感じになって、ちょっと安堵したのを覚えています。

 

編入試験は合格したものの、結局編入はしませんでしたが、アメリカの現地校を1日だけでも味わえたのは貴重な体験だったと思います。

まとめ

以上が私の発音が留学なしでネイティブ並みによくなった環境です。

 

振り返ってみると、

私の英語力が上達した場面はどれも日本語が使えない状況ばかりだなぁ~と感じます。

 

もし自分の子供が英語を真剣に覚えたいというならば、周りに日本人が1人もいない状況で英語を使わざるおえない環境にすることを最優先にします。